【Vol.311】抜歯と朝顔

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 皆さん、聞いてくださいな。今まで、およそ医者に掛かったことなどなかった私ですが、どうにも歯が痛くて我慢できなくなり、とうとう、歯医者さんに行く羽目になりました。そうしましたら何と、奥歯が割れてしまっていて、これはもう抜くしかないということになったのです。
 これまで、親知らずも痛まず、少し虫歯を治す程度の治療しか受けたことのない私、それが歯を抜く、しかも奥歯の太いヤツを抜くというのですから、さすがの私も文字通りのあんぐり状態。開いた口がふさがりません。(笑)
 そして、いよいよ抜歯となりまして、麻酔をしたのですが、これがあまり効かないのです。どうも、酒飲みは効きが悪いとか。そんなこと、注射する前に言ってくれれば、ちゃんと心構えも出来たのに、などと思いながらグリグリの始まりです。
 見えないのですが、多分、ペンチみたいな道具が歯を掴んで、これでもかと、まるで顎も外すかのようなチカラです。それが、言いたくはありませんが、この歯医者さん、ヘタなんです。割れているのだから、その方向に抜けばいいのに、変に掴んでいるものですから、今度は横に割れてしまい、深いところに歯根が残ってしまいました。
 気の弱い人なら失神するだろうという程、猛烈な痛みでした。どれだけの時間が経ったのでしょうか、お医者も私も、抜けた時はハアハアと荒い息づかいでした。
 終わって、今までこんな目に遭うこともなかった私ですから、せめてもの記念にと、抜いた歯をくださいと言ったら、助手の方が、「お持ち帰りですね」と、何か、間の抜けたやり取りに、笑っている場面ではないのに、笑ってしまいました。

 
 そして、この歳になってこれほど痛い目に遭うとは…、と想いながら、血だらけの歯茎に綿を詰め、処方された痛み止めを飲みながら事務所に戻ったのです。
 実は、ここからが、皆さんによ~く聞いて欲しいところです。

 歯を抜いた…。痛みをこらえながらそう言うと、「上ですか下ですか?」。秘書のFさんに聞かれて「上」と言うと、「じゃあ、縁の下に」。
 皆さん、どう思われますか。私はすでに大人でありまして、乳歯はありません。それを、しかも痛い痛いといっている私に、そんな笑い話をするなんて。何と、優しい秘書ではありませんか。(笑)

 
 しばらくすると、痛みも引き、少し楽になりました。夜になりますと、お客様とのお付き合いも出来る程でした。

 さて、一夜明け、我が家のベランダを覗いてみると、数日前に植えた朝顔が芽吹いているではありませんか。いやあ、小学生のとき、朝顔の種を植えた記憶があるだけで、社会人になって初めて植えたのが、この朝顔です。その朝顔が、チョコンと芽を出しているのです。私は、何とも言えない感動を覚えました。
 そして、この歳になって…、と、また想いました。痛い想いと嬉しい想い。歯を抜いた翌日に朝顔が芽吹いたなんて、何とも愉快な感じです。

 そして、「縁の下に」を思い出し、 朝顔の植木鉢に、持ち帰った歯を埋めました。