【Vol.275】何を食べるか、誰と食べるか

 最近、事務所のスタッフに叱られた事がありました。叱られたというより、顰蹙(ひんしゅく)を買ったという方がよいかもしれません。私としては、大したことではないと思ったのですが、スタッフ一同は大ヒンシュク、大いに、私を非難したのでありました。

 事の顛末はこういうことです。久し振りに私が事務所に居るところに、これも久し振りに地方から上京された方が、仕事のついでに、アポ無しでフラッと事務所に寄ってくれたのです。何という偶然、実は、私はこの方になるべく早い時期にお話ししたい事があり、こちらから連絡しようと思っていたところですから、何とも間の良いハプニング、本当にビックリしたという訳です。

 たまたま、他のお客様もなく、たっぷり時間はありましたから、お昼時間を挟んですっかり夕方まで話し込んでしまい、話も大いに盛り上がり、そのまま夕食もご一緒しようという事になりました。

 そこで、問題が起こったのでした。実は、お昼時間もご一緒でしたので、昼食に、近所の寿司屋から出前を頼んだのですが、夜の会食もその寿司屋に行こうと私が言った途端、まさに非難轟轟、お昼も夜も同じお寿司を食べようというのは、如何にも非礼であると、スタッフ一同、口を揃えてやめてくれと言うのです。

 皆さん、如何でしょうか、そんなに私は非礼なのでしょうか。偶然に、会いたい人があちらから来てくださり、しかも、大いに話が盛り上がり、そのまま会食しよう、そして、たまたま彼も私も好きなお寿司がいい、そう言っただけの事ではありませんか。それなのに、普段は気に入らないことがあると、わざと無言になって目で物言いをつける私の秘書も、この時ばかりは声を出して、「ええっ、またお寿司ですかぁ?」と、皆を扇動するように言うのですから、文字通りの四面楚歌、私は孤立状態に陥ったのです。

 繰り返しますが、そんなに変なことを、私は言ったのでしょうか。嬉しくて、もっと話をしたいのだから、便利でしかも美味しい、たまたま近所の寿司屋に行こうと言うのが、そんなに変なことなのでしょうか。言いたくはありませんが、私の娘(うちの会社に経理担当で居るのです)などは、もう、社長と社員という立場を忘れ、自宅に居るときと同じタメグチで、これ以上無いくらいに罵るのでありました。

 一同が、「昼も夜も同じメニューでおもてなしをするなんて、非礼を通り越して無礼である」と、何か、日ごろの不満も一挙に吐き出しているかのように、私を非難するのです。

 まさに想定外の意外な展開にタジタジになった私、ついつい、「では、ほかの店にしよう」とあっさりと妥協、いや、白旗を上げたように降参したのですが、心はズタズタ、大袈裟に言えばPTSD(心的外傷後ストレス障害)になってしまいました。

 そんな病を抱えたまま、数週間が経ちました。ある経営者と話をしているときに、その方が言われたのです。「多喜さん、私は毎晩、必ず何方かと会食しますが、大事なのは、何を食べるのかではなく、誰と食べるかなんですよ」、そう仰ったのです。会食するのは勉強したいが故であり、そのために見識のある方とご一緒するために、会食する訳で、大事なのは、何を誰と食べるかより、誰と食べるかである、そう言われたのでした。それを聞いた途端、私のPTSDはサッと消えてしまいました。もうお分かりでしょう皆さん、私は正しかったのです。

 寿司屋にしようと言ったのはたまたまで、私の本意は、この方と同じ、もっとお話をしたいと考えただけで、何を食べるかはどうでもいいことだったのです。

 あれほど、釈然としない気持ちを引きずっていた私、この話を聞いて以来、元の絶好調に戻ったのはご想像の通りですが、このことを事務所のスタッフに言うか言うまいか、実は私、今も迷っているのです。だってそうでしょう、もしもこれを言って、以前と同じように非難されたら、私、完全にPTSDが再発するに決まってるじゃありませんか。ですから、それが心配で皆さんにガス抜きの意味もあって、こうして申し上げたいのです。

 改めて、-何を食べるかより、誰と食べるか- これが大事なことなのです。キリッ!

 …こう言いながら、私も案外、小心者ですな。へへへ…。