【Vol.241】先輩難民

 先日、ある人と話していたら、「私の業界、実は先輩難民なんです」と言われ、ちょっとビックリしたのです。先輩難民、初めて聞いた言葉ですし、その意味が分かりません。思わず聞き返すと、「こんな話、あっちこっちでは言えませんが」と前置きして、説明してくれました。
 その方の職業は、今で言うクリエーターということでしょうか。放送業界や広告業界で番組の演出やシナリオ、そしてCMなどの制作をしている制作者です。他の表現では、アート・ディレクター、デザイナー、コピーライター、イラストレーター、とも言えるでしょう。とにかく、創造的な仕事に関わる技術者です。

 その人の説明によりますと、この業界、クリエーターといっても、直ぐには独り立ちできるわけではなく、若いころは誰かの事務所に所属したり、独立して活躍しているクリエーターのアシスタントになったり、つまり、見習いをしながら腕を磨く、古い言い方をすれば徒弟制度のようなことが今でも当たり前なのだそうです。当然、後から入った者に仕事を任せるなんて、余程のことがない限りありません。自立して活躍しているクリエーターは、アシスタントには勿論、他のクリエーターに、頼まれもしないのに自分から仕事を回すことはないそうで、何が何でも自分でやる、それが業界の常識なのだそうです。

 そうかも知れません、長い下積み時代を経て、やっと自立できたことを考えれば、目の前の仕事を他の誰かに譲るなど、あり得ないのです。ですから、例え才能があろうとも独り立ちするチャンスは少なく、それで辞めてしまう若者も多いのですが、彼は、そこに留まり、勉強しながらそのチャンスを待っていたということです。

 あるとき、思いがけずに顧客側から指名され、有名タレントのプロモーションの企画をすることになったそうです。幸い、なんとかその仕事をやり遂げた結果は絶賛。結果として、その評判が拡がって彼に直接依頼するクライアントが増え、その後、所属事務所から独立すことになったのだそうです。
 この世界では、他の人に重要な仕事を任せるときは、引退間近になったか、事業を継承するときなど、要するに、自らが、自分の意思で身を引くときだけなのだそうで、言い換えれば、引退するその時まで、ずっとトップの地位に居るのが当然のことなので、この人の場合は、イレギュラーでしかも超ラッキーな出来事だったのです。そして、それ以後、彼は、先輩難民になってしまった…ということです。

  先輩難民、ここまで聞いて、やっとその意味が分かりました。この業界では、追い越された者にはクライアントから仕事が行かなくなる、結果、大袈裟な言い方をすれば、猿山のボスが後輩の猿に敗れると、群れから離れるのと同じになってしまうのです。

 徒弟制度は、後輩が独立するのが前提で、”のれん分け”という、師弟の関係を認めながら、それぞれが自立するのですが、クリエーターの世界では、そのようなことは極めて少なく、それだけ厳しい業界と言えましょう。
 難民とは、天災や戦争などで生活が困窮し、住んでいた土地を離れて安全な場所に逃れてきた人たちのことで、転じて、何かから溢れてしまった人々をいう場合もありますが、それにしても先輩難民という言葉の裏には、厳しい現実があることを知りました。
 説明したくれた彼、いつまでも、頑張ってほしいと思いましたし、いつかは、そのような業界のしきたりというか、仕組みを、いつまでも皆でやれるように変えて欲しい…、彼なら出来るのではないか、そう思った次第です。

 ところで、これからお前はどうなるのかって? 実は、そこが心配でして、いやいや、難民になるとかならないかじゃなくて、もっと仲間を増やしたいのです。だから、Twitterを始めたんです。あなたもつぶやいてくださいね。