【Vol.152】ケイリン選手の会話

 いつも他人の会話を盗み聞きしているのではありませんが、先日の羽田へ帰る飛行機の中で聞いてしまったお話は、まさにイタダキでした。

 搭乗してくる姿から少し変わっていました。最初はプロレスラーかと思ったくらいです。ガッシリとした身体。お一人は黒のタンクトップで、もう一人はやはり黒のピチッとしたTシャツです。茶髪で、どう見てもサラリーマンではありません。大きな声で話しながら、私の後ろの席に、ドカッと座ったのです。直ぐに「ビールくださ~い」。離陸する前からです。「離陸後、シートベルト着用サインが消えてからお持ちします」と応じる客室乗務員に、「OK。我慢しますよ~」。やはり只者ではありません。
 明らかに普通の方ではない、このお二人。私の耳は自然に後ろ向きになってしまったのです。

後輩らしい方が、「○○さんのいつもの先行が、このごろいやらしく見えちゃうんですよね」。
先輩が、「そうか。そう感じるか」。「彼はもう止まったからな」。
「自分はいつまでも追い込みで行きたいです。誰が何と言おうとも、自分は追い込み型で行きたいんです。最後までそれで行きたいんです」。直ぐに職業が判りました。プロの競輪選手です。

 ○○さんは有名な選手らしいのですが、ビジネスライクに徹していて、先行逃げ切り型を売り物にしていながら、実は手抜きレースが多いのですね。きっと、後輩にとっては裏切られたという思いなのでしょう。そして、有名選手のズルさを看破した後輩が、自身の決意表明をしている、そんなような会話です。
・・・そのうち、私も売店で買った焼酎が回り始め、その後の話は壊れたラジオのように聞き取りにくくなりました。
 それでもお二人の会話は続き、途切れ途切れですが耳に入ります。「追い込みとは平常心なんだ。要はコツコツ、離されないようにしているのが大切なんだよ」。先輩が諭すように話し掛けます。「そうすれば、だんだん強くなるんだ。○○さんは、それを止めてしまったんだよ。それが彼の人生さ」。
 ・・・数秒あって、「自分、頑張ります!」。キリッと後輩が言いました。

 皆さん如何ですか。繰り返して言いますが、いつも他人の会話を盗み聞きしている訳ではありませんよ。でも、今回は聞いていて何かホノボノしてしまったのです。プロの競輪選手の先輩と後輩の会話は、正に人生訓そのものでした。
 着陸して飛行機から降りる時、私はわざと彼らの後ろになりました。ガッシリとした上半身と、ドッシリとした下半身。正にプロの競輪選手です。
 そのうしろ姿は、搭乗する時よりずっとずうーっと大きく見えたのです。