【Vol.337】 全うするがよい

 最近、ご相談で多いのが「早期退職制度を利用し、退職してからやりたい仕事をしたいのですが……」というものです。日ごろ「仕事が楽しくてしようがない」と言っている私を見て「自分も早くやりたいことをしたい」とお考えになるのかもしれません。
 それはそれで私としてはうれしいのですが「絶対に辞めてはいけません」と申し上げています。それはそうでしょう。辞めたところで、本当に楽しい仕事にありつけるか、その補償などないのです。
 私の能天気な物言いがよくないのかもしれませんが、これだけはキッパリと申し上げます。辞めて楽しくなった人は本当にまれで、私はほとんど見たことがありません。

 辞めたい気持ち、あるいは辞めたくなる過程はよく分かります。日本の多くの会社は、年齢が上がるにつれて管理職になるように仕組まれています。営業や開発の第一線でバリバリやっているのに管理職に回されてデスクワークを強要される、そんな「仕打ち」ともいえる仕組みになっているのです。
 ある意味、それは会社のたくらみかもしれません。いや、明確な意図なのです。バリバリといつまでも第一線でいられると後続の人事が滞留してしまう、あるいは詰まってしまい、それを見ている若い人が辞めてしまう――と、会社は考えているのです。
 しかし、そんなことが本当にあるのでしょうか。
 これも、私の経験から言いますと、あり得ない話。そんな会社を見たことはありません。会社としては、バリバリやってくれて貢献してくれるのなら外す必要はありませんし、むしろ後続のお手本として褒めてあげたいほどでしょう。

 では、つまらないと決めて早期退社をしようと考える人がいるのはなぜでしょうか。
 十人十色ですから、それぞれに理由はあるのでしょうが、私から言わせればそれは単純、「日常の仕事に飽きたから」です。
 仕事に飽きる。すなわち、毎日同じことを長くやっていて嫌になったということで、自分にとって何もうれしくないし、高揚感も向上心も失せたということではないでしょうか。言い方を変えれば「腐る」ということで、気持ちがよどんで濁ってしまったのです。
 こうなりますと仕事に集中できませんし、何より、面白くありませんから得体の知れない不安や不満が膨張し、その結果、会社を辞めれば何かいいことがある――と、なってしまうのです。

 さて、つい先日、素晴らしい人事を目の当たりにしました。
 その会社は上場しているメーカーです。私も永くお付き合いをしている会社ですが、残念ながらこれまでの人事担当役員がよろしくありません(この方だけです)でした。自分の意に沿わない人を、たとえその人が有能であっても、これ見よがしの嫌がらせのように異動させて退職に追い込むという、何とも理不尽極まる人物だったのです。
 Aさんは、その不当な人事異動を命令された一人です。そこで、Aさんは会社を辞めようと考えていたのですが、ある人の「絶対に辞めてはいけない」というアドバイスに従い、後任の役員(善い方です)が窓際から引き戻すまで、まさに窓際に追いやられた苦節5年を耐えました。
 そして、それを知った社長が、Aさんを役員にまで引き上げたのでした。まるで「シンデレラ」のような話です。

 この事例は早期退職制度のことではありませんし、仕事に飽きたという話でもありません。しかし、会社が嫌になって辞めようと思ったところは同じです。

 要は「全うする」ということではないかと私は思うのです。腐らずに、辞めずに、実直に努めていれば、いつか周囲が変わり、自分に対する評価も変わり、自分の本当の仕事が見えてくる――そのようなことではないでしょうか。

 先ほどの事例で、うれしいのは本人だけではありませんでした。理解していた周囲の人も本当に喜んで、今度は上司となったその人の周りに集うようになったそうです。

 ささやかですが、私もお祝いをしようと思っています。