【vol.288】いびられ得

 久し振りにお会いした方と、懐かしいお話をする機会がありました。その方は、お役所から大学に転出して教授になられ、私もその方のお蔭で大学とご縁ができました。あれから13年、その方も定年で名誉教授となられ、東京に戻られるなら卒業式(?)で一杯やろうということになりました。

 名誉教授が大学の研究センターを活性化したのも大きな功績ですが、何より、私が尊敬するところは、周囲への心遣い、それが一番です。それもただの気配りではなく、人の才能と言いましょうか、個人の特長を素早く見抜き、自らの裁量の中で採用したり、或いは他の企業や関係機関に紹介する、そのような心遣いが、本当に素晴らしいのです。時には本人も気付かなかった才能や特長を見出して、それが最大限に発揮できるような所に紹介するという事までしておられました。

 呑みながら、Aさんの「その後」の話になりました。Aさんとは、名誉教授が採用した女性ですが、同じ職場の人に、それはそれはいびられて転職した人です。その後とは、転職後どうしているかというお話です。

 いびった人(Bさん)は、地元企業の元部長さんで、定年退職後、この大学の研究センターに嘱託として来られたのでした。

 まあ、Bさんの気持ちも分かります(でも、いびってはいけません)。とにかく、Aさんは、抜群に仕事の出来る人でした。何をやるにも理路整然、しかもパワフルで、自分から率先してグイグイと仕事を進めて行くタイプです。対してBさん、大企業の部長さんだったこともあり、何をするにも自分が指示を出さないと気が済まないタイプです。

 いつしか、Bさんはオレが指示を出す、そしてAさんは従え、そうでなければ面白くない、そんな雰囲気になってしまいました。しかし、そうは言っても二人には職位的な上下関係は無く、しかも契約社員という立場ですから、BさんがAさんに指示・命令を下すことなど、あり得ません。

 そこで、何が起きたかと言いますと、Bさんはよほど面白くなかったのでしょう。Aさんに対する猛烈ないびり、嫌がらせが始まったのでした。Bさん、いい大人(年齢的にですよ)なのに、Aさんをまるで敵(かたき)のように、執拗に攻撃したのです。

 そのような中で、名誉教授も、時にはやんわりと注意したり、間に入って何とかしようとしたのですが、そこはAさん、もうこれ以上名誉教授に心配してもらうのはもったいないと、転職を決意したのでした。

 そこで名誉教授、それならばとあちこちを駆け回り、Aさんの能力を最大限に生かす職場を紹介したのです。それも、契約社員ではなく正社員としての職場です。

 さて、ここからがそのAさんの「その後」です。何とAさんは転職先で抜擢され、今では、管理職として十数名の部下を持つ程になったというのです。いやあ、こんなに嬉しい話はありません。Aさんと話をすればも、まさに打てば響きます。ご一緒すればとても楽しく、それこそ時間が経つのを忘れる程の才気煥発な人でした。ですから、Aさんが活躍しているとは、わたくし事のように嬉しいのです。

 因みに、Bさんはその後、このセンターの定年を迎え、そのまま引退されたそうです。推薦があれば、契約が延長する事もあるのですが、そうではなく、そのまま引退というのは寂しいと申し上げるしかありません。

 ひとしきりAさんの話をしながら、名誉教授が「多喜さん、Aさんが『わたし、いびられて良かった。いびられたから転職することができて、本当に良かった。Bさんに感謝しなくてはいけないですね』って、彼女がそう言ったのですよ」と言われたのです。

 流石と、二人で大笑いしながら乾杯しましたが、ふと考えました。いびられて得をすることもあるのです。どんなにいびられて、それを恨みに思うより、かえって得をしたと考えるAさんの人生は、どんなことでも得に換えてしまう、それこそ徳に満ちた人生となる事でしょう。

 ああ、私もAさんにあやかりたいと思うばかりですが、えっ、お前はいびっても感じないタイプだって?

 ははは、そんなに、いびらないでくださいよ。へへへ。