【vol.281】三か月遅れのおつり

  ビックリしましたよ、だって、三か月前のおつりを間違えたと言って、千円頂いたのですから。本当は、頂いたのではなくて返してもらったお金ですが、いやあ、本当にビックリして嬉しかったのです。ご当地の方に教えてもらった八重山そば(沖縄の名物です)の美味しいお店。2回か3回、沖縄に行った時にお邪魔したお店です。そのお店で、私は忘れていたのに、おつりを間違えた店員さんが私を覚えていて、ちゃんと返してくれたのです。

 「横に居たお客さんが、『おつり、少なくないかぁ』と教えてくれて、直ぐに追いかけたんですが、見失ってしまい…」と説明されましたが、この話、何とも気分がよくなりました。大体、釣銭を間違えたなんて、黙っていれば判らないじゃありませんか。だから、それを正直に言われて返してくれたのですから、これが千円でも一万円でも、いや、10円でもいい気分になりますよ。

 いい気分になったのは他にも理由があります。何より、横に居たお客さんが、私と店員さんのやり取りを見ていて、釣銭が少ないと思って、それを直ぐに店員さんに言う、この信頼関係がいいじゃありませんか。

 多分、随分と馴染みのお客さんなのでしょう。そうでなければ、店員さんが釣りを間違えようと何をしようと、どうでもいいこと。それを、身内のように気付いて、素直に話せる関係は、まさに馴染みだから出来るのでしょう。そう思うと、このお店とそのお客さんは、いい人たちで成り立っていることが判ります。

 もう一つ、ちゃんと私を覚えていてくれたことが嬉しいじゃありませんか。えっ、お前の顔は一度見れば忘れないって? 確かに、私の顔(と言うよりアタマ)は識別しやすいのかもしれませんが、覚える気が無ければ覚えません。要するに、この店員さんは、しっかりと覚えて、いつか返却しようといつも考えていた、そのことが嬉しいのです。

 しばらくして、こんなことを考えました。一体、東京のお店で、このような事は起こるのだろうかと。この話、言い換えれば、お勘定を払い過ぎた者が、次に同じお店に行ったとき、そのもらい過ぎた料金を返すかどうかということです。まあ、当たり前ですが、もらい過ぎは返すのは当たり前。しかし、東京のお店で働いている人は殆どがパートやアルバイト。日替わりであちこちのお店で働く店員さんに、果たして、物理的にそのようなことが出来るかということです。あるいは、その店員さんがそうしようとしたところで、そのお店の責任者が「そうしなさい」と言う(言える)かどうかが問題です。ひょっとして貰い過ぎた勘定を「ラッキー」とばかりにネコババするか、或いは「めんどくさい」と、そのままにしてしまうのではないでしょうか。

 小さなことではありますが、この経験は大きな意味を持っています。多分、数十年前なら、こんなことがあった時には間違いなく返却されたと思うのです。一見(いちげん)のお店でも、店員さんは丁寧にお客に接し、お互いの顔をしっかりと覚えるのが当たり前。それが、今となっては顔を覚えるどころか、客の顔さえ見ない店員さんや、日本語を話せない店員さんも増えるばかりです。

 どうしてそうなったか、色々な理由はありましょうが、大切にするのはお店の立地で、経営者は来店する客が多くなるような立地を優先するだけであとは二の次。要するに、美味しいのか不味いのか、店員さんの接客態度が良いのか悪いのか、そんな事、経営者にとっては二の次なのでしょう。

 そうしてみると、沖縄のおそば屋さん、表通りからは随分と引っ込んでいましたが、いつも繁盛しています。

 払い過ぎた釣銭が返ってきたのも嬉しいのですが、もっともっと大切な事を、私は教えてもらえたような気がします。本当に、有難いことです。