【Vol.226】しあわせのお弁当

 新幹線から在来線に乗り継ぎ、クライアントへ行く旅程でのこと。その場所は、新幹線の駅と駅の中間にあり、手前の駅で降りて乗り継ぐか、行き過ぎた駅で乗り継いで引き返すかの2通りの経路があり、どちらから行っても同じくらいです。いつもは引き返す経路でしたが、この日は、引き返すより手前の駅から行くことにしました。初めての路線です。

 丁度、通勤時間でしたので、その駅に着くまでは満員でした。が、その駅に着くと、ほとんどの乗客が降りてしまい、さっきのギュウギュウ詰めは何だったのか、そう思うほどガラガラになりました。いつもの、ノンビリした在来線の風情です。
 と、4人掛けのボックス席に座った一人の女性、やおらお弁当を取り出して、ノンビリと朝食でしょうか、食事を始めたのです。駅弁ではありません、自分でつくったお弁当、保温ポットのお茶や果物、ちゃんと一式揃って美味しそうです。
 えっ、そんなに覗き込むように見ていたのかって、いやいや、他に誰もいないのですから、見えてしまったのです。さっきまでの満員電車が嘘のように、それはそれは、のどかな雰囲気の中で、ちょっとした朝の食卓がそこにあったのです。

 そのうちに出発するだろうと思っていたその電車、いつまでたっても発車しません。この駅止まりかも、不安になって、プラットホームの案内表示を確認すると、やはり、行きたい目的地にちゃんと行く電車です。そこで気が付いたのですが、この電車、この駅で何と停車時間が25分もあったのです。
 やれやれ、ダイヤの都合なんでしょうが、こんなことは初めての経験、まあ、ノンビリするのもいいか、などと思いながら、フッとさっきの女性を見ると、デザートの果物を食べ終え、お茶も美味しそうに飲み干して、食卓を片付け始めました。

 さあ、これからこのまま、この電車に乗ってどこかの駅までご出勤、そう思うのが普通でしょう? でも、この女性、お弁当を片付けて、発車のベルが鳴るのを見計らったように、さっと降りてしまったのです。

 そうなんです、ギュウギュウ詰めのお客が降りた後、彼女にとっては、電車の席が朝食の定席、毎朝繰り返している、日常茶飯だったのです。
 私、何かホッとしたような気分になりました。この25分間、不思議な静寂に包まれたこの空間は、彼女にとって、朝食を食べながらくつろげる、そんな場だったのか思うと、ホッとしたのです。
 電車で朝食、そんな女性を見てホッとするなんて変かもしれません。しかし、ゆったりとした時間と空間を眺めていたら、何とも言えない安らいだ気持ちになったのです。

 たまに、お昼時に重なってクライアントにお邪魔している時など、チャイムが鳴って、さあ、これからお昼というとき、食堂に行く人、或いは自分の机にお弁当をひろげる人、様々ですが、いつもそこには、ノンビリとした雰囲気がひろがります。
 よく考えると、お弁当をくつろげるところで食べる、それ自体、すごく幸せなことではないでしょうか。そこが職場でも出先でも、お弁当をゆったりと食べる。
 今の時代、それは案外、シアワセなことではないのでしょうか。

 そう思うと、いつも立ち食いそばで済ませている自分、余裕のカケラも無いことに気が付きました。だから不幸だとは考えませんが、一体、今までどれだけのシアワセな時間を生かせなかったのでしょうか…。

 さあ、思い直してこれからは、立ち食いそば、座って食べることにしましょうかね。