【Vol.172】大衆食堂富澤の戦略

 大衆食堂「富澤」は、仙台の合同庁舎の脇道にあります。さながら、お客さんが来ないように、或いは来なくても良いと思っている(それでも、いつも混んでいます)かのような、目立たないお店です。地味な階段を下りて入る地下一階のお店は、上品なご夫婦が切り盛りしています。「いらっしゃい」。いつも、穏やかな声で私たちを迎えてくれます。

 ここのお客は100%公務員です。多分、公務員でない客は、私と、同行するSIの社員だけだろうと思います。公務員ご用達のお店、それが富澤です。
 富澤では、ビールなどの飲料を客が冷蔵庫から出してシュポッ、自分で勝手に栓を抜いて飲み始めます。つまみは、棚に並べておいてあるものを、これまた勝手にテーブルに運んで食べるのです。しゃれた言い方をすれば「セルフサービス」なのです。つまみや料理がぞんざいだろうと思われるかもしれませんが、どっこい、これが美味なのです。ズバリお袋の味もあれば、高級料亭並みの魚料理など、大衆食堂などとは言わせないような品質です。(私は、いつも「割烹富澤」と言っているほどです)
夕方、富澤は早い時間から賑わいます。飾り気の無いパイプ椅子に座り、あっちでシュポッ、こっちでシュポッ。飲むほどに酔うほどに賑やかに、明るい笑い声が響きます。帰宅前にチョッと一杯、そんな客ばかりですから、夜遅くまでは営業しません。

 さて、戦略の話です。肝心のお勘定、これがほとんど一人二千円なんです。どれほど飲んでも食べても二千円。試しに、これでもかと飲んで食べたことがありますが、その時も二千円。「お勘定」と言う客に、ご主人が、一応、伝票を見て電卓をたたいてはいるのですが、二千円。多分、伝票には細かいことは記入されていないと思うのですが、見るフリをして二千円。皆さん、この二千円という値ごろ感、見事だと思いませんか。これが、私は戦略と言いたいのです。

 大げさかもしれませんが、この戦略があって富澤は賑わっているのです。仕事帰りにチョイと一杯。懐具合を気にしなくても、しょっちゅう行ける値ごろ感の絶妙な設定が、富澤の戦略だと思うのです。
 先に申し上げたように、目立たない立地でありながらお客を呼び込むためには、明確な戦略が必要です。安いだけが良いわけではありません。勿論、高くてもダメですし、味を落とせば直ぐに飽きられます。高からず安からず。毎日、チョイと寄る客にとって、この二千円がまさに絶妙なんです。二千円は、多分、お客さんである公務員の平均的な一日のお小遣いなんでしょう。富澤は、お昼の定食もやっていますから、お昼で使うか夜に飲むか。いずれにしても、「一日分のお小遣いは富澤で」なのです。
 殆どのお客が公務員で、ほぼ全員がリピーター。もしも、「公務員のふところ経済学」という学問があったとしたら、まさに富澤は博士号を取得するでしょう。

 富澤のご夫婦が穏やかで上品なのは、その学位のせいかもしれません。
 えっ、私の学位? それは「客飲教授」に決まっているじゃありませんか。