【Vol.105】挫折効果

 手土産持参で事務所に見えた若者は、クライアントのご子息です。真っ直ぐに私を見ながら「ご期待には添えないかも知れません」。いきなりの宣言です。きっと私がクライアントから頼まれ、後継者として、早く実家に戻れと諭すのだと思ったのでしょう。確かに、それもあるのですが、元々、会いたいと言ったのは私です。

 地域の名門企業、しかも古いだけではなく、名実ともに中堅企業としての実績を積み上げているこのクライアントは、私にとっても誇らしい存在です。そのクライアントのご担当から、後継者である(本来ならば、既に経営に参画している)筈のご子息の話を聞いたのです。名門大学に入学するものの、在学中に出会った(夢中になれる)仕事に集中するため、大学を中退して頑張っていると聞き、妙に会いたいと思ったのです。
ある面、私の若い時とダブったのかも知れません。開発した製品が売れるようになっていったあの頃、それこそ夢中になってしまい、大学を中退した自分の姿を思い出したのです。ですから、波長というか、ご縁が通じるような気がしたのです。それを、きっと頼まれたと思うのは自然ですし、それを毅然と跳ね除ける気概もよし。そんな背景で彼と私の話が始まりました。

 「実は上手くは行っていないのです」。仕事の様子は苦しそうです。重ねて「限界まで頑張ってから自分で結論を出そうと思うのですが…」。夢の部分と現実の厳しさとの狭間に置かれている自己の立場も、ある意味では認識しているのでしょう。その上、後継者としてのレールに乗ることへの、一種の嫌悪感もあるようです。誰にもある意地。飛び出した自分への意地は、強くて頑固なものだとは分かりますが、どうも、その意地に縛られてしまっているようです。
私にも経験があるのです。上手く行かなかった時、意地になってガムシャラに働いたものです。でも、かえって空回りしてしまったり、周りが見えなくなって、今考えると遠回りしたこともありました。まるで私自身の若い頃を見ているようです。

 しばらく、私の若い頃の失敗談、滑った転んだの話をした後、「挫折っていうのは、経験としては最高のものだよ」。そう言いました。今だから言えるのかも知れませんが、私に挫折の経験があるから、今、何とかなっている。そう思うことが多いのです。振り返ってみると、挫折の経験は上手く行ったときの経験より、現在の私に役立っているのです。「一度転ぶと強くなるし、二度と同じ失敗はしないよ」。続けて言う私を見る彼の顔が、少し変わりました。「逆に言えば、失敗経験の無い人は脆くて弱いものさ」。少々、乱暴かも知れませんが持論です。少しビックリとした様子でしたが、「失敗経験でも役立つのですネ」。意外だがチョッと嬉しそう…、そんな反応です。

 皆さんは如何でしょうか。挫折とはいい経験ですよね。昔から言うじゃありませんか。「可愛い庫には旅をさせろ」「獅子の子落とし」、わざわざ親が子供に苦労をさせて、這い上がってきた強いものだけが生き残る。でも、本当に強くなるのは、自らが選んだ道で挫折する経験だと思うのです。
与えられたものがいくら厳しい艱難辛苦でも、それもレールの一つなんです。

 自ら選んだ道で挫折して、そこから立ち直って強くなる。これを「挫折効果」といいましょうか。