【Vol.57】美味しい牛乳

 ある経産局の相談会で出会った会社です。「完全自然放牧」で乳牛を飼育していて、お客さんからは大好評なのに、肝心な牛乳の増産がままならず、同じような仲間を増やしたいのだが…、という相談でした。
 先ずお聞きしたのは、なぜ畜産農家が経産局の相談会に来たのかということです。普通なら農水省の管轄ですから、これは文字通り畑違いです。「農協さんには村八分にされているのです」。ドキッとするようなお答えです。続けて「飼料も買わず流通も依存していないので、農協からみればアウトサイダーなんですよ」と、平然と言われます。狂牛病騒ぎの中でも益々お客さんが増えている事、この飼育方法は自然のチカラで糞尿を処理するため、とにかく広大な土地が必要な事、一頭あたりの搾乳量が少ない事など、要するに一般の畜産農家の常識とは全く逆の飼育方法です。
 「荒れた山野でも、牛が下草や雑木の葉や木の芽を食べるので、人が手を入れるより綺麗に森を管理してくれるのです」。「えっ?牛って何でも食べるんだ」。元々雑食の牛は、自然に放されれば自分で食物を調達し、人間が何にもしなくても育つのだそうです。繁殖も自然に任せ、生まれて直ぐ死んでしまう事もあるそうです。そう、強くなければ生きてはいけません。厳しいといえば厳しいのですが、完全に自然な姿です。「すぐ牧場に行きたい」。土曜日に無理を言って訪問させて頂きました。

 「昔は日本のチベットって言われたんですよ」と言うほどの奥深い山中を2時間半。ようやく着いた牧場は見渡す限りのどかな丘陵地です。でも、フェンスの向こうの山は荒れていて、無理やり開いた開墾地が、まるで工業団地を造成したように不自然に広がっています。自然放牧された牛はあちこちにノンビリとしています。
 「今は雪が積もっているので最小限の牧草を与えますが、春からは一切餌はやりません」。その牧草も夏の間に蓄えたもので、購入する飼料は限りなくゼロだそうです。正社員は3人で、あとはパートの方とアルバイト。一人あたりの売上は優に2千万円を超えているそうです。何というローコスト。何という効率の良い生産性でしょうか。
 「手を掛けなければ掛けないほど、牛は強くなり、その分美味しい牛乳を生産してくれるのです」。「しかも、森も管理してくれるのですよ」。笑いながら「でも、地元の農協は一切無視なんです。子供もず~っと村八分」。ふっと寂しそうな目をされました。

 帰りの車の中で、製造業の空洞化と同じだなと思いました。大量生産時代の護送船団方式に守られ、親会社の言うなりの下請け生産。その挙句がコスト競争力に敗れて海外へシフトする。狂牛病という新たな脅威に、自らは何も出来ない畜産農家。
 仕組みやシステムに守られて、自らの潜在能力を萎えさせてしまった今の日本の現状を、この牧場主も同じように見ているのかも知れません。