【Vol.159】『やめる』のも開発

 開発のお手伝いをしている中で何が一番大変かと訊かれれば、「やめること」と、私は直ぐに答えます。本当にそう思うのです。

 もう十数年前の話ですから時効です。こんなことがありました。ご契約を頂いて最初の開発会議でした。開発をしようというのに、その場の空気は湿っていて、と言うより凍りついたようでした。新商品の販売が上手く行かず、新しい開発などしている場合じゃないという感じでした。訊くと、社外から持ち込まれた新商品開発テーマにうかつに手を出してしまい、思ったより、いや全く売れずに困っているというのです。
数億円も大変ですが、何より、5万個のうち売れたのが288個。しかも、それはサンプル販売だというのですから声も出ませんでした。これはもうダメです。ダメと言うしかありません。さらに深く訊くと、社外からこの話を持ち込んだ人は、そのときには既に商品を持っていたそうで、5万個売り込んで代金を受け取ってドロンしたというのですから、これは詐欺です。

 整理しますと、口が達者なブローカーに騙されて、大枚はたいて商品を買ったのは良いけれど、実は騙された。それだけの話です。
状況を理解した私が言ったのは、「さあ、その商品を全部捨てましょう」でした。一番ビックリしたのは開発部長でして、「た、多喜さん、あなたは開発をするのが仕事だと聞いていたのに、やめる、しかも捨ててしまうとは何事ですか!」、もう絶叫状態です。

 さあ、皆さんだったらこんな時どうしますか。以前、申し上げたこともあるかと思いますが、私の場合、開発をして商品化に至るのは、精々30%くらいです。逆に言えば、70%はダメであった訳で、しかも、そのダメテーマは私が提案して始めたものなんです。開発は進めれば進めるほど成否の手応えが判ってきますから、ダメな時には、如何に素早くやめるかが肝心です。数多くの開発をしている私には当り前の話なんですが、ここが分からない人が多いのも、分かります。
この場合は開発とは言えませんが、新しいことに取り組んだという意味では開発(その会社の方々はそのつもり)でして、何が何でも先に進めることしか頭になかったようです。

 ご契約を頂いた会社は私にとって身内と一緒です。身内がダメなものを抱えて困っている時、ダメを承知でさらに前に進めようというのは欺瞞でしかありません。もしも、それが原因で命取りになったら、それは過失で済むような話ではありません。犯罪とは言いませんが、限りなくそれに近いこと、(誤解を恐れずに言えば)加害者と被害者の関係を構築する行為です。ですから、私にとってやめ(させ)ることは当り前の行動でした。

 結果は? やめて正解でした。後で「多喜さんのお陰でやめて良かった」と言われたのですが、私は、「やめるのも開発」と信じていただけです。
 如何でしょうか皆さん。止める、辞める、色々ありますが、要は、ダメなときはダメなんです。大切なことは、本当にダメになる前にやめる。人間の身体で言えば、病める前にやめる。それが大切なんですネ。

 そう言えば、悪いことをした政治家や老害経営者の引き際と言いましょうか、辞め際。見ていてイヤになりますね。さっさとやめて出直せばいいのに…。
 そうか、人間にとって一番大切なのは「やめる判断」かもしれません。