プロローグ・駄目ならやめよう

 
私は、大学2年生の時からこの仕事をしている。仕事とは、開発をすることだ。クライアントと顧問契約を結んで、私が考案した事業や商品をクライアントに提案し、それがよければ、クライアントと一緒になって開発を進めていくのだ。 
 
考案するという意味は、発明ともいえる。今までになかった新しい事業や新しい商品を私が考案するのだから、当然、そこには知的財産権(知財)が生まれ、それは発明をなしたということになる。もしも知財が生まれないなら、それは優位性も進歩性もないことで、たとえ開発はできてもすぐにまねをされ、価格競争に巻き込まれるのは明らかだ。   
 
知財がないとなぜ価格競争に巻き込まれるのか、そこには極めて簡単な理屈がある。知財がないということは、誰がまねしてもよいということだ。そして、後からまねする者は新規に設計をしなくてよいし、使う材料も分かっている。さらに、加工方法も組み立て方も検査方法も、販売ルートも何もかも丸ごとまねするのだから、開発に掛かる費用が大幅に少なくなる。つまり、まねするという行為は後出しジャンケンと同じで、絶対に勝てるのだ。   
 
 だから、私たちは開発をしなければならない。それも、新しい開発でなければ付加価値は生まれない。どんなに困難でも、新しくなければ、そして、そこに知財が生まれるような開発をしなければ、後出しジャンケンにアッサリと負けるのだ。
 
   さて、発明をしてクライアントに提案するとき、私が一番困惑するのは「前例がない」と言われることだ。そう言われると、私は心の中で「前例があってたまるか!」と叫ぶのだが、クライアントはお客様である。穏やかに「前例がないというのは、それだけ新しいことなのです」と、理解していただくように努めるのだ。
 
   しかし、多くの企業は前例重視ではあるまいか。もっと言えば「横並び」であり、ひどいのは「ほかもやるからうちもやる」などと平気で言う人もいる。最初に書いた、後出しジャンケンをしたところで、また後出しジャンケンをされるコスト競争地獄に、なぜ自ら飛び込んでいくのか、私には理解できない。 
 
 さらに、クライアントのトップは、新しい開発をしたいので私と契約するのだが、会社の中には開発の経験が全くない方がいる。そして、そのような方が決まって言うセリフが「新しい事にチャレンジするのは、それだけ大きなリスクが伴うのではないですか」である。またもや私は心の中で「そんなの当たり前だろう!」と叫ぶのだが、そう言う人に限って経営幹部だったりするので、案外と権限を持っている。私は気持ちを落ち着け、穏やかに「リスクはあっても成功すれば得るものは、その分だけ多いのです」と説明する。

うまくいくかはすぐ分かる   

 
 油断してはいけないことに、高度経済成長期に大儲けをした企業に限って、このような経営幹部が多くいらっしゃる。そして、そのような方が決まって言うセリフがもう一つある。「失敗したらどうするのですか?」だ。またまた私は心の中で「駄目だったらすぐやめるのだから、失敗することはない!」と叫ぶのだが、この説明にはたっぷりと時間を割くようにしている。
   
 説明しよう。私の経験から言えば、実は開発を始めてから比較的早い時期にうまくいくかどうかが分かるのである。 
 
 本当にすぐに分かる。何故なら駄目な理由や原因はすぐに顕在化するからだ。技術がない(未熟)ということから性能が悪い、材料の選定が間違っている、設計が甘い、不良率が高い、お客様が良いと言わないなどだ。要するに、作っても売れないだろうとすぐに分かってしまうのである。
 
 だから、駄目と分かればすぐにやめる。これが鉄則だ。早いうちにすぐにやめれば、モノを作らないで済むのだから、傷は浅くて済む。事業も立ち上げず、商品も作らなければ、掛かる経費は最小限で済むのであるから、これを失敗と言う人はいない。 
 
 逆に失敗するときは、駄目なのが分かっていながら進めるときだ。駄目なのに開発を進めるのだから、多くの経費が掛かり続けることになる。しかも、無駄な努力や労力をつぎ込むのだから、精神的なダメージも大きい。これが失敗である。 
 
 それでは、駄目と分かっているのに、なぜ失敗するのだろう。理由は色々あるが、最も多いのは、「開発を進めよう」と言い張る人に駄目と言えないからである。それが社長であったり、経営幹部や上司であったりすると、なおさら言い難い。心の中で「もう駄目だ」と叫んでいても、その人の前に出ると「やりましょう!」とついつい言ってしまうのがサラリーマンなのだ。 
 
 それをサラリーマンの悲哀と言ってしまえばそれまでだが、失敗の責任を背負わされるのもサラリーマンなのだから、考えなくてはいけない。 
 
 お分かりいただけただろうか。「駄目ならやめよう」は、失敗しない唯一最大の心構えであり、鉄則なのである。 
 
 さて、このようなつぶやきが「リアル開発会議」に添える私の独り言、ブログである。「リアル言えない大事」というタイトルで連載する羽目になったが、読者に駄目と言われる日まで、存分に書こうと思う。
 
 
日経クロステック 2014年4月23日掲載
https://xtech.nikkei.com/dm/article/COLUMN/20140416/346844/?P=2
日経BPの了承を得て掲載しています