【Vol.355】20年目の冥利

嬉しいことがありました。
 永くお付き合いさせて頂いているクライアントから新規(別口)のご契約をいただき、その最初の会議の時のことです。ご担当が、何と20年前に私が新入社員研修の講師を務めた時の新入社員だったというではないですか。
 名刺交換の際に、「多喜先生の講義をずうっと覚えています。こうして、20年経ってまた先生のお話を聞けて、本当に嬉しいです」と。まさに、講師冥利に尽きるとはこのことを言うのでしょう。
「あの時、先生は講義の中で『これからの企業は、知財が経営戦略の柱になる』と言われ、とにかく知財部に行きたいと、その時から願い続けてきました」
 20年前に私の話を聞いて、ずっと願い続け、そして念願叶ったことに、私は嬉しいのを通り越して、歳を忘れて舞い上がってしまいました。

 しばらく往時の話に花が咲いたのはもちろんですが、帰りの新幹線でふっと考えました。それは、「講師の責任」です。
 もし20年前に、私が変な話をしていたら、どうなっていたでしょう。その方の会社人生は変な方向に向いてしまったのかもしれません。もちろんそんな責任を問われることはないでしょうが、講師としての責任の重みを改めて感じました。

 当時、そのクライアントとご契約をいただいて3年目の春でした。それまで、クライアントの事業所を回りながら、知財化できる案件を掘り起こすという仕事を続ける中で、新入社員研修の講師をやってほしいと依頼がありました。
 私は新人研修コンサルではありませんから、最初は断りました。しかし、「『全社を挙げて知財戦略を重視している』その話をしてもらいたい」と言われ、そういうことであればとお引き受けしたのです。
 最初の受講生は、本社に入社した新人およそ30名位だったでしょうか。それが、2年目になりましたら、本社はもちろんのこと、グループ会社の新入社員も加わり、さらに本社の人事部の職員全員が聴いてくれました。
 そして3年目には、本社とグループ会社の課長クラスまでもが受講することになり、新入社員研修というより「会社方針説明会」という感じになりました。
 振り返れば、その時にご提案したその戦略が、今もこのクライアントの経営戦略の柱になっております。まさに最初に依頼されて講義した、「全社を挙げて知財戦略を重視しよう」というのが、直球ど真ん中の経営戦略なのです。
 そして20年。私が言うのも変ですが、それが正しかったという事です。

 さて、早くも2年に及ぶコロナ禍の中、多くの企業は開発を進めることさえ出来なくなっているのが現状です。なにせ、人の行き来が出来ず、肝心の現場での開発会議を開催することが出来ないのですから最悪です。新しい情報に触れたくても3密回避と同じこと。新しい情報に濃厚接触が出来ないのです。

 一体、コロナはいつになったら収まるのでしょうか。でも、今回のことで私は光明を見たような気がします。それは、ここまでやってきたことに自信を持つことです。正しいと信じたことを貫くという事ではないでしょうか。
 個人も会社も、目先の事象に惑わされることなく、ブレずに堪えることが、今、一番大事なことではないかと思います。

 これまでとこれからを、自分が信じていることを続けるしかありません。
 そして、私は20年目の冥利を頂いたのです。