【Vol.210】社長になる人

 桜が終ると、人事異動の季節です。大企業の部長クラスはもとより、役員や社長・会長といったトップ人事はビジネスマンにとって、もっとも気になる注目事項かも知れません。特に得意先ともなれば役員クラスは勿論、トップ次第で、場合によっては取引そのものがストップしたりしますから、それはそれは気になるところです。それが今回、私のお付き合い先の方が、大抜擢で社長になるという事があったのですからビックリです。

 本当に驚きました。だって一ヶ月前、私が社内勉強会の講師をする、そのお打ち合わせでお会いしたのですが、そのときには執行役員だったのですよ、その方は。正式には6月の株主総会で決まるのですが、一部上場企業、未だ40代、それも何十人抜きかは知りませんが、居並ぶ社長候補をぶっちぎっての(下品な言い方でスミマセン)就任です。まさか、世間でも注目の社長交代が目の前で、これほど身近にあるとは夢にも思いませんでした。
 経済紙の新社長登場記事には、当然ですが写真とともに記事が出ていて、それを見て「えっ?」、正直そう思いました。大変失礼ながら、続けて「何かの間違いでは…」、そして、「でも、こんな大事な記事、間違う訳はないだろう…」。あちこちに確認しても間違いはありません。そうなると、お会いしたときに聞きたいことはただ一つ。私と会った一ヶ月前、その時には知っておられたのかどうか、その一点です。

 繰り返しますが、一ヶ月前は(失礼ながら、ただの)執行役員。なのに、今は新社長就任が決まっている。急に、お付きの者がいたりして、偉そうにしていたらどうしよう、全然変わらず、前と同じだったらどう対応しようか、まあ、つまらんと言えばつまらない心配ですが、普段、そう簡単には上場企業のトップとは話せませんから、緊張してしまいました。
 お会いしての開口一番、「どうも~」、いつもと同じ挨拶にホッとしたと言うか、拍子抜けさえ感じながら、その肝心なことを聞きました。
 答えはアッサリと、「知ってましたよ」。「でも、多喜さんに社内勉強会をお願いしようと考え始めた時には、こんな話はなかったです」。意外にさっぱりとしてお話しする表情からは戸惑いや緊張感は見えません。もっと嬉しそうにすればよいのに、あまりにも淡々と話されるので、変な言い方ですが、社長になる人は違う、そう思いました。

 想像してください。例えば自分、そんなことには絶対ならないと言ってしまったら成り立たないので、そうなったらの話ですよ。もし、自分が次期社長になると分かったら、あなた、黙っていられますか。勉強会の後の懇親会でも、職場周辺の人にも聞きましたが、誰も気付かなかったと言うのです。それも、新聞で発表されるまでの1ヶ月半、スパイ大作戦じゃあるまいし(表現が変かも)、普段と変わらず、ジッと胸に収めて顔色を変えずにいられるなんて、タダ者じゃありません。そうなんです皆さん、社長になる人は違うのです。多分、彼を社長にした前社長、その胆力を見抜いていたのではないでしょうか。

 お酒が回って、何回聞いても同じ返事。要するに、密かに指名されても、騒がず、はしゃがず、嫌がらず。結局、自分に社長のイスが回って来ることを、それが何時かは別として、分かっていたということなのです。社長になる人は、やはりどこかが違うのです。
 ところで、お前だったら黙っていられるか、ですって? 出来ないに決まっているじゃありませんか。だから、ずうっと零細企業の社長なんですよ~だ。