【Vol.306】居場所がある

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 最近、嬉しいことがありました。嬉しいと言うより、ホッとしたのです。
 名古屋からの帰り、時間が早かったので、故郷の静岡に立ち寄りました。急ぐことではなかったのですが、ちょっとした用事があり、丁度よい時間が出来たという訳です。 そして、用事も早々に済ませ、昔からの馴染みのお店に寄ることに致しました。

 このお店、かれこれ45年くらい前から通っている飲み屋さんですが、ご夫婦二人、カウンター席が七つという、本当にこじんまりとしたお店です。
 馴染みと言っても、もう一年近くはご無沙汰をしているのですが、暖簾をわけて「今晩は」といつものように入りますと、「いらっしゃい!」、いつものように返してくれました。「久し振りだねえ」と言いながら、いつも座る席も決まっていて、極々自然にそこに座ります。
 「とりあえず…」と言いながら、いつものビールから始まるのですが、肴もほとんど同じものが並んでいて、「これとこれと、これ」と言うだけで、後はお任せ。本当に気が置けないお店です。
 
 そうこうしていると、ガラッと戸を開けて入ってきたお客さん、これもお馴染みさんで、20年くらい前からの常連客です。懐かしいを通り越して、すっかり何十年の時間を超えての昔話。話の中で、そんな歳になったのかと感じさせられる物故者の思い出話もあり、あっという間の二時間、それはそれは楽しい時間でした。

 新幹線の駅に向かうタクシーに乗ると、ジワッと嬉しさが込み上げてきました。それは、まだ私の居場所があるという、その確認ができた嬉しさです。

 45年前、開業して間もなく通い出した私。多い時は週に五日は通っていたくらいですから、常連客を通り越して「住み込み」のような客でした。いつも同じ席に座って、いつも常連客同士で飲み合った店。そのお店に、まだ私の席があるという安心感でしょうか、そんな嬉しさです。
 たかが、飲み屋さんのことですが、これほど馴染んだ店も客も、そうあることではありません。ご主人も奥さんも、とうに70歳を過ぎていますが、まだまだ元気。それも嬉しいことですが、何より、私の席がそのまんま。45年前と同じ椅子 (多分、修理はしているのでしょうが) が、私を待っていてくれていたのです。ひょっとしたら、今の自宅の椅子よりも長い時間を過ごした席がそこにあったのです。
 
 クライアントが出来ると、そこの地元でいいお店を教えてもらって通い続ける私ですが、さすがに45年はありません。でも、既に20年になるお店はありますし、当然、そこでの席も決まっています。
 そして、これも当然、そのお店にはこれからも通い続けるでしょうが、そこには私の居場所があるのです。

 これから、何があるか分りませんが、私には、あちこちに居場所があるのです。それが飲み屋さんであっても、クライアントであっても、私には居場所がある。本当に有難いことです。

 これからも、いつまでも、居場所を大切にしたいと思います。