【vol.291】裏面処理

 うまいことを言う人がいるものです。何と「裏面処理」と言うのです。話の経緯は、開発を進める時には人の気持ちを大切に、そのような話の流れでした。

 いつも言いますが、開発というのは、大袈裟に言えば、実に色々な事件が起きては消えてまた起きる、その繰り返しと言えましょう。上手く行くときはスウッと進むのですが、上手く行かない時、いきなり目の前に山が現れたり、深い谷に阻まれたり、本当に苦しいものです。

 上手く行っている時、当事者の表情は明るく、誰もがニコニコしています。しかし、その逆の場合は、表情は暗く、重い雰囲気に息がつまりそうな気がします。この時、人間模様と言いましょうか、或いはドラマと言いますか、開発に関わる人の気持ちが動きます。その、そこにいる人の気持ちをどうするか、それが大きな問題です。

 上手く行っている時は、日の当たるところを歩いているようなものですが、逆の場合、真っ暗な夜道を一人で歩くようなときは大変です。一体、これから自分はどうなるのか、どうしようもない絶望感に襲われるのです。

 このようなとき、この人は裏面処理をするのだそうです。裏面処理、確かに言い得て妙な表現です。見えない人の気持ちを裏面から何とかする、そういう意味が伝わります。

 ご承知の通り、表面処理と言うのは、ものの表面をメッキやコーティング、或いは、化学的処理や物理的処理で改質することですが、裏面処理というのは、「改質」ではなく、「補修」や「保全」といった意味合いなのです。要は、これ以上落ち込まないように、傷付いた気持ちをつくろい護ってあげるのです。

 私にも思い当たることがありました。開発が進む中で、中心に居る人とそうでない人の温度差が生まれる時があります。方針の違い、そう言ってもいいのかも知れませんが、少々、ギクシャクしてしまうことがあります。この場合にも、裏面処理が必要です。

 中心にいて開発にまい進する人には勢いがあり問題はないのですが、そうではない側の人の気持ちも大切にしてあげないと、両者の距離は益々離れてしまいます。ここに、裏面処理が必要となるのです。

 同じ目的を共有している者同士ですが、実際に開発が始まると、設計や手法、はたまた考え方の違いが顕在化してきます。ここで、自分に非があったのではないか、能力が劣っているのではないか、或いは、上手く行っている人を恨んだり妬んだりする、そのような気持ちも顕在化するのです。

 裏面処理は、このような時に効果的です。それ以上自分を苦しめなくていいのです、あなたの言い分も理解できますよと、上手に気持ちを修復して保全するのです。きっと、そう言われた本人はホッとした気分になり、恨んだり嫉妬する気持ちが収まるのではないでしょうか。

 よく見ると、そのような裏面処理が上手な人はいるものです。目立ちませんが、落ち込んだ人の傍らにすうっと近付いて、少し話し掛けるだけなのですが、言われた人の顔は穏やかになり、直ぐに笑顔が戻るのです。

 如何でしょうか、裏面処理。私たちは、ややもすると表面だけを見ているような気がします。そして、その裏面にあるダメージには気付かないこともあるのです。これからは、よい表面はさらに磨き、裏面の痛み(傷み)を止める裏面処理にも気配りが肝心です。

 ところで私の裏面はどうか、ですって? 私の裏側は見ての通り、ピッカピッカに決まっているじゃありませんか。