【Vol.259】東京タワーのえくぼ

 えくぼ(笑窪)、笑うと頬に出来る小さなくぼみのことですが、このえくぼ、人間だけに出来るものじゃないと思うのです。こんなことを考えるようになったのは、あの東日本大震災が起こってからのことなのです。

 東日本を襲った大震災、マグニチュード9という世界最大級の地震は、まさに東日本に壊滅的なダメージを与えました。そして今でも、東京のあちらこちらに、その爪痕が残っているのです。例えば、皇居の大手門の漆喰の壁は、いまだ無残に欠け落ちたままになっています。文化遺産なので、そう簡単には修理も出来ないのでしょうが、その無残な姿、早く直して欲しいと願うばかりです。ところが、大震災の被害を受けた中で、そのままにしておいて欲しいのが、東京タワーなのです。

 実は、この東京タワー、本当に凄い揺れだったのでしょう、一番上のアンテナ部分のてっぺんから、そう、数メートル(ひょっとして10メートルくらいかも)下が、へナッと曲がってしまっているのです。見る角度がありますが、ちょうど御成門(おなりもん)くらいから見るのが一番曲がっておりまして、本当に、へナッと曲がっているのです。

 初めて気付いた時、私は思わず笑ってしまいました。大震災の被害を受けたというよりも、何か微笑ましい感じがしたのです。そして、あっ、東京タワーにえくぼが出来たと思ったのでした。

 変かもしれません。東京タワー、それも、ただの鉄骨で出来た構造物の、先がちょこっと曲がった部分を“えくぼ”と言うのは、確かに変です。でも、私はそう思ったのです。 ずうっと見慣れた東京タワー、一度だって可愛いとか、勿論、えくぼに見えることなどはありませんでした。しかし今回、あの大震災の後、それは間違いなく大震災の爪痕として残った先っぽの曲がりを見て、私は、初めて東京タワーが可愛く見えたのでした。

 本当に凄まじい揺れだったのでしょう。力学的に見ても、先端部が曲がるなんて、誰も想定していなかったと思います。下の部分は、鉄骨の鉄板も厚くなっていて、揺れによる大きな荷重に耐えるように設計されていたのでしょうが、先端部は、多分、鞭(ムチ)の先がピュンとなるような運動をして集中的に荷重が加わり、横から見ると、どうするとあのように曲げることができるのかと不思議なくらい、ヘナッと曲がってしまったのです。

 そう言えば、えくぼというのは、頬にできた窪み、面的に曲がった所とも言えましょうが、いずれにしても、誰にもあるものではなく、多くの人には無いのが当たり前のものです。言い方は悪いのですが、ある意味ではイレギュラー、もっと言えば、欠陥でもあるのです。しかし、ここが肝心なところですが、えくぼを見て、イヤな感じになる人は少ないのではないでしょうか。自分のえくぼが嫌いな人はいるかもしれませんが、他人のえくぼに嫌悪感を覚える人は稀ではないでしょうか。

 大地震の強烈な振動で曲がってしまった東京タワーの先端部分。それを被害と言うよりも、可愛いえくぼが出来たと思えば、むしろ、微笑ましいことではないでしょうか。

 如何でしょうか皆さん、東京タワーの曲がった先端部を、これから「えくぼ」と呼んで頂けないでしょうか。ひょっとすると、元に戻そうなどという議論が起こるかもしれません。しかし、可愛いえくぼを矯正する人がいないのと同じで、直さないで欲しいのです。

 東京タワーのえくぼ、東京の名物になればいいのですが。