【Vol.236】一万日目の夢

 先日、私たち夫婦は、結婚一万日目のお祝いをしました。ちょっとおめかしをして、馴染みのフランス料理店で食事をしたんです。
 結婚式の日から数えて一万日。皆さんは、この一万日目という日を意識していらっしゃいますか。多分、これからという人の方が多いと思いますが、私の家内に言わせると、よくもまあ、そんな記念日を知っていたと、たいそう喜ばれました。
銀婚式(25年目)や金婚式(50年目)も大事ですが、27年と4カ月16日が一万日。この日を祝うことは、とっても特別なような気がします。

 で、その特別なことが、実は、朝にもありまして、本当にそれまで見たことも無い夢を見たのですから不思議です。一万日目の夢、そのお話です。

 夢の説明をしましょう。いつもと違う、いや、行った覚えもない国の鉄道に、私たち夫婦は乗っています。
 周りの客の喧騒に巻き込まれるように、いつの間にか、私たち夫婦はケンカになりました。原因は分かりません。突然、目的地ではない駅に停車した列車から家内は一人で降りてしまい、私は後を追いました。
 必死でした。しかし、見失ってしまいます。そして、ふと気が付くと、私の手許にあったカバンがありません。仕事で使っているカバンで、中には財布や手帳が入っており、特に手帳には、このBP通信をはじめ、執筆している原稿の全てのネタが書き込まれているので、紛失すると困るものです。

家内を探しながら、カバンも探す、しかも、どこの国のどこの町かも分からない路地を探しまわりました。家内は見つかりません。すれ違う人に尋ねても、聞いたことも無い言葉(言語)で、首を横に振りながら(多分)ノーと言うだけです。
 そのうち、ゴミ箱の横に隠すように、口が開いた状態でカバンが見つかりました。財布はありましたが、手帳はありません。なぜか、財布の中身はそのままです。
 家内も見つからず、その上、原稿のネタ全てを失った私は、絶望的な気持ちになりました。文字通り、目の前が真っ暗になり、薄暗い路地を彷徨(さまよ)うようにフラフラと歩きまわりました。
 家内の名前を、絞り出すように呼びながら、歩きまわりました。一体、何でこんな目に遭うのだろう、私が何か、悪い事でもしたのだろうか…。こんな絶望感は、生まれて初めてのことです。

 もう、死んだ方がマシだ、と思ったそのとき、ハッと目が覚めました。一瞬、夢から覚めたことが分からず、まだ現実の中にいるような感じでした。ガバッと起ると、いつもの部屋、いつものベッドです。寝汗で濡れたパジャマに触れて、ああ、夢だったんだと、今度は、今まで経験したことが無いくらい最高にホッとした安心感に包まれました。

 暫くして、一万日目に、何故、こんな夢を見るのだろうという疑問が湧いてきました。せっかくの一万日目のお祝いの日、その朝に見る夢が、何故、こんなに絶望的なのだろうか、それが分からないのです。
 ボウッとして数分間、あることを思い出しました。それは誰かに教わった逆夢(さかゆめ)の話です。思いが強くなったり、あるいは何かを強く念じた時、実際とは反対の事を見る夢、そのような夢を逆夢という、その話を思い出したのです。

 まさに、逆夢を見た、私はそう思いました。一万日目のその当日、私は逆夢を見たのです。結婚一万日目のその日に、私は、生まれて初めて逆夢を見たのです。
 夜、フレンチを頂きながら、二万日目、私たちはどうなっているのだろうか、そんな話をしながら、ワインがすすみました…。