【Vol.234】瀬戸内海の条件反射

 条件反射、というのはご存じですよね。あらためて辞書で調べますと、生物が環境条件に適応して、後天的に獲得する反射のことで、反射と無関係な刺激を同時に反復して与えることにより、その刺激(条件刺激)だけで反射が起こるようになる現象です。例えば、犬に特定の音と餌とを反復して与えると、その音を聞いただけで犬が涎(よだれ)を流すようになることです。

 この条件反射、私にもありまして、大体は良い方に反応する反射の方が多いのですが、中には困った反射があるのです。
 その困る反射、笑わないでくださいよ、実は、瀬戸内海を渡るときに自然と涙が出るのです。ヨダレではありませんよ、涙なのです。
 この条件反射が困るのです。だって、周りの人から見れば、おじさんが窓の外を見ながら一人泣いている、そりゃあ、飛びっきり変じゃないですか。

なぜ、そんな条件反射ができたのか、私、分かっているのです。
もう20年も前でしょうか。広島のクライアントが夕方で終わり、翌日は朝から愛媛県松山へ、そんな旅程が定着していたときです。広島に泊まるよりは、夕方のうちに松山に渡ってしまって一泊。そうした方が身体は楽、そんなことから、夕暮れの瀬戸内海を、ジェット船やフェリーで渡ることが多くなったのです。

♪〜 瀬戸は〜日暮れて〜夕波〜小波… 〜♪
 最初は、鼻歌交じりでしたが、そのうち、瀬戸内海に真っ赤な夕日が沈みかけるのを見たとき、なぜか無性に淋しくなり、涙が出てしまったのです。
 冗談なんかじゃありません、その日は何も嫌なこともなかったし、クライアントとは、いつものように充実した議論が出来た、それなのに、泣けてしまったのです。
理由はありません。ある筈がありません。でも、涙が出る理由はないのに涙が出るのです。胸が押しつぶされるような淋しさ、夕陽を見ているうちに、そんな気持ちで一杯になったのです。缶ビールなどを飲んでいますが、私、泣き上戸でもありませんし…。
…そのようなことが、何度か続くうち、とうとう、瀬戸内海を渡るときに涙が出るという条件反射が、私の中枢神経に刷り込まれたのでした。
繰り返しますが、笑わないでくださいよ、本当の話なんです(本当なら余計に笑える? そんなこと言わないでくださいよ)。

 そして今も、私の瀬戸内海条件反射は続いています。悪いことに、この反射は船だけではありません。鉄道で渡っても、反射が起こるのです。
この間も、広島から高松に行くことになったのですが、運悪く、ちょうど夕暮れ時になってしまいました。しかも、瀬戸大橋を渡るとき、真っ赤な夕日が瀬戸内海を照らしているではありませんか。行き交う船が真っ赤な海に、まるで絵に描いたように浮かびあがります。これはアブナイ! そう思ったのですが、やはり、反射が起きてしまったのです。
思わず、誰かに見られてはいないか、あたりを見回しましたが、幸い、見られてはいないようでした。ホッとして、それでお終いにすればいいものを、また、夕陽を見てしまって、ポロッ…。思わず自分でもバカからしくなって、笑い泣きになってしまいましたよ。ああ…。

如何でしょうか、皆さん。この条件反射、何とかなりませんかねえ、本当に。
もしも、治せるのなら懸賞を出しますよ。治して頂いた方には、瀬戸内海を私と一緒に渡る周遊券を差し上げます。
また瀬戸内海か、ですって? だって、その時涙が出なかったら、治ったということじゃありませんか。ははは。