【Vol.230】遠近両用

 遠近両用メガネというのがあります。実は、私も少し遠視になり(決して老眼ではありません)、愛用しているのです。メガネ屋さんも心得ていて、老眼鏡とは言わず、オテモト用というのだそうで、私のような老眼抵抗勢力にはうけているようです。意地を張っても、近くのものは見えないので、仕方なくオテモトを使うしかありません。
 その遠近両用、積極的にしかも戦略として仕事で使い分けている経営者がいるのです。でも、使い分けているのはメガネではなく、考え方の使い分けなのです。

 あるとき、その経営者と話をしていた時です。経営は遠近両用だから、と言われたのです。私は一瞬、何のことか分かりませんでしたが、続けて、経営とは、”日々の足元経営”と”中・長期的な視点で考える経営”があり、その両方が大事だと説明され、大いに納得した次第です。
 確かに、今日明日だけを考えていたのでは、自転車操業になってしまいますし、将来を考えるだけでもいけません。両方のバランスと言いましょうか、どちらも同じように大事なことなのです。
 よく、中期経営計画を立てて、ヤレヤレといった経営者がおられます。しかし、3~5年先のあるべき姿を決めるのも大事なことでしょうが、今すぐやらなければならない課題もある訳で、案外、そのことを先送りしているケースもあるようです。

 さて、剣道のおしえに、遠山(とおやま)の目付(めつけ)というのがあります。つまり、対戦する相手と切っ先を交えて相対するとき、どこを見るのかということですが、遠い山を見るようにして、相手の小手先や竹刀の切っ先だけを見るのではなく、大きく全体を捉えるように見なさい、というおしえです。全体を大きく捉えると、ちょっとした一部の動きも直ぐ分かるということです。遠近両用ではありませんが、近くも遠くも、いずれも見通すという意味では同じかもしれません。
 また、同じ剣道のおしえに、気位(きぐらい)は大納言のように、足さばきは足軽のごとく、というのもあります。これは、気位すなわち心の持ちようは大納言(律令制での高官)のように大所高所におき、足さばき、つまりフットワークは武士の最下層にあった歩卒・雑兵のように先頭に立って戦いなさい、ということです。

 いずれにしても、経営も剣道も、すぐれた者は遠くも近くも、高くも低くも、そして緩急も、いずれもおろそかにしないということなのです。
 いかがでしょうか、遠近両用とサラリと言いながら、フットワークよく動き回り、足元の課題にも気を配り、そして中長期的な戦略もしっかりと立てる経営者、素晴らしいではありませんか。忙しい、忙しいとせわしなくされている方も多いのですが、この経営者は忙しいと愚痴を言いうことはありません。
 私も含めて、年を経るにつれて近くのものが見えにくくなる現象は、なにも目のことだけではなく、経営における遠近感も鈍くなるということを、教えられました。

 ですから私、これからはオテモトとは言わず、遠近両用、ちゃんとそう言いますよ。