【Vol.211】120円のソフトクリーム

 久し振りに、故郷の町を歩きました。御多分に洩れず寂れてしまった町、その象徴でもあるかのように、シャッターが降りている店舗が多い商店街を歩いていると、一つ、賑わっている店があります。その賑わい方、とても懐かしいのです。そうなんです、昔からあるソフトクリーム屋さんが、当時の姿、そのままで営業していたのです。ソフトクリームだけ、それしか売らないのも、昔のままです。

 懐かしさのあまり、思わず買ってしまいましたが、値段が上がっていました。何と、120円にもなっていたのです。にも、と言うのは、昔はずうっと50円だったからです。
 いつかは覚えていませんが、社会人になって一二度買って食べた時も50円でしたから、いくらなんでも倍以上になっているので、驚いたという訳です。ここ、2~30年のうちに値上げをしたのでしょうが、私の記憶には、50円が刷り込まれているのです。

 無理もありません、多分、開店してから50年は経つ(私が小学生の頃にはありました)のでしょうが、今時50円でやれる筈はなく、120円になったのは止むを得ないでしょう。それでも、他のソフトクリームの半値くらいでしょうか。でも、安かろう悪かろうではありません。材料をケチるわけでもなく、量を少な目にしている訳でもなく、濃厚なミルクの味がしっかりと、ちゃんとしたソフトクリームなのです。嬉しいじゃありませんか、最初に食べた時を思い出すくらい、昔と同じです。

 このお店、案外、凄い戦略を持っていたのではないかと思うのです。
 それは、原材料がいくらで家賃がいくらで、人件費がいくらで、利益をいくら乗せて…、などという積み上げ方式の価格決定ではなく、お客様が納得する値段はいくらか、その一点だけを見つめ続けているのではないのでしょうか。
 そこが、ビジネスの基本であると思うのと同時に、それを戦略として貫き通すことが凄いと思うのです。
 要は、顧客が嬉しい価格、それをずうっと外さず維持している、そう考えると、シャッター通りの商店街で、なぜ、この店だけが繁盛しているのか、分かるような気がします。

 今の若い人はウソだと言うのでしょうが、昔はソフトクリームは高級品でした。それが、他にもしゃれたアイスクリームや冷菓が次々に出て来て、いつしかソフトクリームは、相対的に高級ではなくなってしまいました。ですから、ソフトクリーム専業で行こうなんて、常識では在り得ない筈なのに、おっとどっこい、貫き通した専業だからこそ、120円でも利益はあるし、名物と言われるようにもなったのです。

 隣のシャッターを降ろしたままのお店、昔、何のお店だったか、私の記憶にはありません。その隣も、そしてお向かいも…。きっと、その時々の売れ筋を追いながら、色々な商品を扱ったのでしょうが、結局、自らの特長や優位性を見出せないまま、いつしか、商店街全体の地盤沈下と共に沈んでしまったのではないでしょうか。

 その商店街でソフトクリーム一直線。
 シャッター通りでポツンと賑わうこのお店、小さくても、とても大きな事を教えてくれました。