【Vol.98】社長がドライバーのタクシー会社

 乗ったタクシーのドライバーさんの対応が妙に気になりました。悪いのではなく、心地よいのです。乗った時の挨拶からして心底からの「いらっしゃい」ですし、行き先の聞き方が簡潔で、どのコースならどの位の時間が掛かるか、そして、少し遠回りにはなるが時間はこの位…と、言うなれば客のニーズを自然に引き出すことが上手なんです。こちらが話し掛けなければ余計なことは言わず、話し掛ければ適切な応答が返ってきます。乗っていて気分が良くなる走り方もさることながら、そのドライバーの、客との「間合い」に感心したのです。
「運転手さんはどういう業界から転職したの?」。私の問いに、「いやぁ、実はこの会社の社長なんですよ」。言われたこちらはビックリしながら、思わず「そんなに運転手が足りないのね」と言ってしまいました。「いや、そうではなくてマーケティングなんですよ」。急にドライバーの言葉遣いではなくなって、経営者の声になりました。「市町村合併で私達の業界が急に変化しているのです。ですから、新しく広がった営業エリアでどのように対応していくか、先ずは私が知っていなければ始まらないのです」。

 市町村合併があちこちで進んでいるのは知っていますが、まさかタクシー業界にも影響があるとは気付きませんでした。「これからが勝負なんです。エリアが広がって、私はチャンスだと思うのですが、社員は『競争がきつくなり、売上が落ちる』と泣き言ばかりだなんですよ」。多分、新しい営業地域の地理が不安であるとか、店の名前がが分からないとか、それはまあ弱気になるのでしょう。「ですから私がどうしたら上手く行くのか、ここ暫くは自分でハンドルを握って試しているんです」。「で、どうだい、勝算はあるのかい?」。「あるもないも、もう30パーセントくらい差をつけていますよ」。

 理屈は簡単です。新しい地域にこちらから出かけていくから、「攻撃なんです」。
向こうは守りにまわっているので、サービスを落として効率重視にする会社ばかりだそうです。「そう分かったら、こっちは徹底的にサービス重視なんです。同じ乗るのなら、ブスッとしてビュンビュン飛ばしたら、誰だって嫌になるでしょう」。「ゆっくり、しっかり、きちんと走れば、黙っていても声が掛かるのです」。「一度乗って頂いたら、次も絶対にお乗り頂くようになってしまうんです」。
 何と簡単でキレイな理念でしょうか。正しく、経営者でなければ見出せない視点。
「それが分かったら、誰でも社長と同じ事をすれば、同じ結果が出るでしょうネ」。「そうなんですよ。そして、みんなが結束して燃えているんです。こんな雰囲気になって、もう、経営者冥利に尽きますよ」。嬉しそうに笑いながら、「ずっと乗っていてくれと言われて困っているんです」。

 経営者が市場に出て直接顧客と接している…。それも大切ですが、それだけではない何かを学ばせて頂いた。そんな気がしました。
 「じゃあ、ありがとう」。「ありがとうございました!」
 その声は、乗った時のタクシードライバーさんに戻っていました。