【Vol.86】一人一人のプロジェクト―X

 15年前の話です。この仕事を始めて、それまでで一番悲しい出来事でした。
朝のNHKニュースを見ていると、立派な工場が壊されているのが映っています。その、壊されている工場の社名の書かれた看板が、今、まさに重機で吊下げられて降ろされる前で、学生がインタビューを受けています。
(記者) 「ここが貴方の就職内定先なんですね。」
(学生) 「そうなんです。突然の内定取り消しで、もうどうしていいかわかりません。」
(記者) 「会社の一方的な都合で、学生の将来を奪うことがあるなんて・・・。」
と言うような会話が続いています。私のクライアントであるその会社は一部上場企業です。
 しかし、主力のオフィス用情報機器のデジタル化に乗り遅れ、急速に事業の縮小を図っている途中で、断腸の思いで主力工場を売却したのです。確かに、内定を取り消すのはいけません。でも、採用を取り消したわけではありません。それなのに記者の視点は、只々、身勝手な企業の理不尽さを、ことさら強調する内容でした。

 私は泣きました。テレビの前で泣きました。涙が止まらないのは、工場縮小の裏にあった、辛いドラマを知っていたからです。ピーク時には年間800億円の売上があった会社が、40億になったのです。そういうリストラを進めるとき、どのような事が起こるか、私は目の当たりに見ていました。会社にお金が無いのは分かっています。ですから、わずかな退職金しかもらえない希望退職者を募っても誰も手を挙げません。
 そんな時、責任のある人たち(中堅社員)が、自ら率先して会社を去って行きました。事業ドメイン(領域)から外れた者が、自らの意志で身を引いたのです。そうして、優秀な技術者達が会社を去り、売れるものは全部売って、その会社は残りました。そのとき自らは残留しなければならない辛い立場で、一番辛い仕事を毅然とこなしながら、一方では再就職先を必死に探してあげていた部長さんがMさんです。

 そのMさんに久し振りにお会いしました。「私もようやく退任する事になりました」。そうか、もうそんなお年になられたんだなと思う私に続けて、「あの時去っていった仲間が同窓会をやるというのです」。
 そうです、多くの方は定年に差し掛かる年齢です。その方々が今でもMさんを慕い、本当の定年を共に祝おうというのです。「苦労もあったでしょうに、今は再就職した会社の幹部も多く、さあ、これからは第二の人生だ!と、大いに意気が揚がっているんですよ」。やっと肩の荷がおりたのでしょう。Mさん本当に嬉しそうです。更に、「多喜さんにも会いたいという人も多いのですよ。」何と私も誘って頂いたのです。

 いつもより多くのお酒を頂きました。帰り道、心地よい風に吹かれて歩きながら、思わず口を突いて出た歌がありました。
 ♪風の中のすばる~♪砂の中の銀河~♪♪皆どこへ行った~♪・・・
 そうです、あの歌、プロジェクトエックスが自然に出てきたのです。「一人一人にプロジェクト―Xがあったんだろうな・・・。」そう思ったら15年前とは違う涙が出てきました。

 一人一人のプロジェクト―X。身近なヒーローに乾杯!